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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3036号 判決 1999年1月22日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金三三億二五〇〇万円及び右金員に対する平成七年一〇月一日から支払済まで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、株式会社兵銀ファクター(以下「兵銀ファクター」という。)に五〇億円を貸し付けていた原告が、被告株式会社兵庫銀行(以下「被告兵庫銀行」という。)において右消費貸借契約に基づく兵銀ファクターの債務を連帯保証し、被告株式会社みどり銀行(以下「被告みどり銀行」という。)において被告兵庫銀行の右保証債務を併存的に引き受けたとして、被告らに対し、保証契約に基づき、兵銀ファクターの残債務相当額の支払を請求した事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない)

1(一)  原告は、金銭貸付業、リース業等を業とする株式会社である。

(二)  被告兵庫銀行及び同みどり銀行は、いずれも銀行業務等を行う株式会社であり、被告兵庫銀行は、兵銀ファクターのいわゆる母体行である。

2  原告は、平成二年五月三一日、兵銀ファクターに対し、左の約定で、五〇億円を貸し渡した(以下右消費貸借契約を「本件消費貸借契約」といい、本件消費貸借契約に基づく兵銀ファクターの債務を「本件債務」という。)。

(一) 利息 年八パーセント

遅延損害金 年一八・二五パーセント

(二) 弁済期

元本 平成五年五月三一日

利息 平成二年八月三一日を第一回目として、毎年二月、五月、八月、一一月の末日に、貸付実行日又は前回利息支払日の翌日より当該利息支払日又は最終弁済期限までの三か月分を後払い

(三) 兵銀ファクターが(2)の弁済を一回でも怠ったときは、当然に期限の利益を喪失する。

3  被告兵庫銀行は、平成五年五月三一日、原告に対し、左記の内容の念書(以下「本件念書」という。)を交付した。

株式会社兵庫銀行は関連会社である兵銀ファクター株式会社が貴社に対して平成二年五月三一日付金銭消費貸借契約書に基づく債務があり、金融支援をお願いしております事は十分認識しております。その上で今後弊行は、兵銀ファクター株式会社の経営改善には万全の支援体制で臨む所存であり、貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。

4(一)  原告と兵銀ファクターは、平成五年五月三一日、本件債務の利率及び弁済期を左のとおり変更する合意をした。

(1) 利率 長期プライムレートに〇・四パーセントを加えた年利

(2) 弁済期

元本 平成五年一二月から平成六年九月までの各末日限り一億円

平成六年一〇月から平成七年七月までの各末日限り一億五〇〇〇万円

平成七年八月から平成八年五月までの各末日限り二億五〇〇〇万円

利息 毎月末日限り一か月分の利息を前払い

(二)  原告と兵銀ファクターは、平成七年七月一四日、(一)で合意した本件債務の元本の弁済期を左のとおり変更する合意をした。

(1) 平成七年六月ないし平成八年二月までの各末日限り七五〇〇万円

(2) 平成八年三月ないし平成九年八月までの各末日限り一億五〇〇〇万円

(3) 平成九年九月三〇日限り一億七五〇〇万円

(三)  兵銀ファクターは、平成七年九月三〇日に支払うべき七五〇〇万円を支払わなかったため、本件債務につき期限の利益を喪失した。右時点における本件債務の残債務額は、三三億二五〇〇万円である。

5  被告兵庫銀行は、平成七年一一月一六日、みどり銀行に対し、平成八年一月二九日をもって、その営業の全部を譲渡した。

二  争点

1  被告兵庫銀行は、本件念書により兵銀ファクターの本件債務を保証したか

(一) 原告の主張

(1) 被告兵庫銀行は、前提事実3のとおり、平成五年五月三一日、原告に本件念書を交付することにより、兵銀ファクターの本件債務を連帯保証した。

すなわち、原告は、前提事実4(一)及び(二)のとおり、本件債務の弁済期を二度にわたり猶予したが、これは、兵銀ファクターの実質的な親会社であり、いわゆる母体行である被告兵庫銀行から兵銀ファクターに対する金融支援要請を受け、交渉の結果、被告兵庫銀行が、本件念書によって、本件債務を保証すると確約したためである。

したがって、被告兵庫銀行は、原告に対し、保託契約に基づく保証債務の履行として、第一に記載の金員を支払う義務がある。

(2) 仮に、被告兵庫銀行が本件念書により兵銀ファクターの本件債務を連帯保証したと認められないとしても、被告兵庫銀行は、本件念書によって、原告に対し、兵銀ファクターに資金を融資する等して、本件債務の履行を確実にさせる、いわば損害担保義務を負うことを約している。原告は、被告兵庫銀行が右損害担保義務を履行しなかったことにより、本件消費貸借契約に基づく債権の回収ができなくなり、第一に記載の金額の損害を被った。

したがって、被告兵庫銀行は、損害担保義務の債務不履行に基づく損害賠償として、原告に対し、第一に記載の金員を賠償する義務がある。

(二) 被告らの主張

(1) 本件念書は、いわゆる経営指導念書にすぎず、本件債務を保証したものではない。

(2) 原告の主張する損害担保義務は、被告兵庫銀行がいかなる法的義務を負うものか一義的に明確でない。本件念書に基づき、被告兵庫銀行に何らかの責任が発生するとしても、それは努力義務とでもいうべきものにすぎない。

したがって、被告兵庫銀行は原告の主張する義務を負わない。

2  被告みどり銀行は被告兵庫銀行の債務を併存的に引き受けたか

(一) 原告の主張

被告みどり銀行は、被告兵庫銀行の営業の全部を譲り受け、本件念書に基づく保証債務を併存的に引き受けた。

(二) 被告らの主張

銀行間の営業が全部譲渡される場合、営業を譲渡する銀行の債務を譲受会社が併存的に引き受けることはない。本件においても、被告みどり銀行と被告兵庫銀行との間の営業譲渡に伴う被告兵庫銀行の債務は、免責的債務引受けとして処理されている。

したがって、仮に被告兵庫銀行が、本件念書に基づく保証責任を負うとしても、右債務は被告みどり銀行のみが負うこととなる。

第三  争点(争点1)に対する判断(認定に供した証拠は認定の後の括弧(〔  〕)の中に記載した)

一1  本件念書の文言

本件念書の文言は、前提事実3に記載のとおりであり、通常の金融機関の取引における保証契約書とはその文言を著しく異にしており、被告兵庫銀行が本件債務を保証すると明記した文言も、その趣旨に読みとれる文言も記載されていない。また、本件念書には、被告兵庫銀行が本件債務の存在を認識していることが示されているものの、「今後弊行は、兵銀ファクター株式会社の経営改善には万全の支援体制で望む所存であり」と記載されていることから明らかなように、その重点は、兵銀ファクターの経営改善に対する支援体制の強化におかれており、前記文言を受けた「貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。」との文言も、念書全体の文言を通じて読めば、債務者である兵銀ファクター自体による本件債務の履行を前提としていると理解できる。

従って、本件念書の文言のみから被告兵庫銀行が兵銀ファクターの本件債務を連帯保証したとは到底認めることはできない。

これに対し、原告は、本件念書の文言は、被告兵庫銀行が、貸借対照表の偶発債務の欄に保証債務を記載することを避け、あるいは、兵銀ファクターから保証料を徴収することを避けるために、敢えて曖昧にされたのであって、被告兵庫銀行には本件債務を保証する意思があったとの主張をするので、以下、本件念書の交付の経緯等を検討する。

2(一)  本件念書が交付されるまでの経緯

(1) 被告兵庫銀行は、平成四年一〇月ころ、兵銀ファクターをはじめとする被告兵庫銀行の関連会社の業績悪化に伴い、関連会社の各債権者に対し、金利の減免などを内容とする金融支援要請(以下「第一次金融支援要請」という。)を開始し、被告兵庫銀行は、平成四年一〇月一三日、原告に対し、同月八日付の社長名の「関連・グループ会社への支援のお願いにあたって」と題する書面を持参して本件債務の弁済期を平成九年三月まで猶予する旨依頼し、同月一六日には、兵銀ファクターが原告を訪れて、「経営改善計画」と題する書面、「金融支援のお願いについて」と題する書面を交付して同様の依頼をしたが、原告はこれを拒絶した<証拠略>。

(2) 兵銀ファクターは、平成五年二月九日、原告に対し、本件債務の弁済期を平成九年三月まで猶予するのが無理であれば、分割弁済にするよう依頼したが、原告はこれを拒絶した<証拠略>。

兵銀ファクターは、平成五年三月四日、原告に対し、再度、分割弁済を依頼したところ、原告は、兵銀ファクターに対し、とりあえず弁済スケジュールを提出するよう求めた。

(3) 兵銀ファクターは、右の原告の要求に応じ、平成五年三月一一日、原告に対し、本件債務の弁済期を、平成六年四月から毎月一億円ずつの分割弁済に変更する案を提出した<証拠略>。

これに対し、原告の担当者である仲谷財務部長は、被告兵庫銀行が本件債務を保証するか、経営指導念書を差し入れ、兵銀ファクターが本件債務を担保する趣旨で約束手形を振り出すのであれば、これに応じてもよいと返答したが、右の案は、兵銀ファクターの担当者である延命寺副部長により拒絶されたため、原告は、兵銀ファクターの本件債務の弁済期の変更の要請を拒絶した<証拠略>。

(4) 兵銀ファクターの延命寺副部長は、平成五年四月二日、原告に対し、本件債務の弁済期を平成五年一二月末日から平成六年九月末日まで毎月末日限り一億円、平成六年一〇月末日から平成七年七月末日まで毎月末日限り一億五〇〇〇万円、平成七年八月末日から平成八年五月末日まで毎月末日限り二億五〇〇〇万円ずつの支払と変更するよう再度依頼するとともに、本件債務を担保する趣旨で約束手形を発行することは不可能であるなどと連絡した。これに対し、原告の仲谷財務部長は、同日、兵銀ファクターに対し、約束手形も発行できず、被告兵庫銀行が指導念書を発行することもできないのであれば、本件債務の弁済期を変更することは到底できないと連絡した<証拠略>。

(5) 兵銀ファクターの延命寺副部長は、平成五年四月一三日、原告に対し、被告兵庫銀行が、兵銀ファクターについての経営指導念書を原告に発行するか検討していると連絡した<証拠略>。

(6) 兵銀ファクターの延命寺副部長は、平成五年四月二一日、原告の仲谷財務部長に対し、本件債務につき同月二日の分割弁済案を受け入れるよう要請するとともに、その担保として約束手形を発行することはできないが、被告兵庫銀行が社長名で左記の内容の念書を発行すると連絡した。なお、念書案の交渉は、主に延命寺副部長と仲谷財務部長が担当した<証拠略>。

兵銀ファクター株式会社は弊行の関連会社で、貴社からの借入金につきましては十分承知しております。兵銀ファクター株式会社の業務内容につきましては、親銀行として今後とも指導監督を致しますので、引続きご支援を下さいますよう本書で以てお願い申し上げます。

(7) 原告は、(6)の念書案のうち「今後とも指導監督を致します」との文言では被告兵庫銀行の責任が不明確になると考え、平成五年四月二二日、兵銀ファクターに対し、左記の内容の念書案を送付した<証拠略>。

当社関連会社である(株)-が、貴社より下記(省略)明細の融資を受けることにつき、当社としても、同社の親会社として、十分関知しております。(株)-は当社の関連会社として設立されたものであり、その事業経営については、当社としても深く関心をもち、協力をおしまないものであります。つきましては、(株)-が貴社に対して負担する 年 月 日付金銭消費貸借契約書に基づく債務の履行が困難と認められるに至った場合は、当社が(株)-に対し援助を講ずることにより(株)-が貴社に対し、ご迷惑をおかけしないよう十分配慮致す所存であります。

(8) 兵銀ファクターは、被告兵庫銀行の意向を受け、(7)の原告案のうち、「当社が(株)-に対し援助を講ずることにより」との文言は、被告兵庫銀行が資金援助や代位弁済を確約する趣旨になりかねないことから、平成五年四月二六日、原告に対し、左記の内容の念書案を送付した<証拠略>。

株式会社兵庫銀行は関連会社である兵銀ファクター株式会社が貴社に対して債務があり、金融支援をお願いしております事は十分認識しております。その上で今後弊行は、兵銀ファクター株式会社の経営改善には万全の支援体制で臨む所存であり、貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。

(9) 原告は、(8)の案を受け、右案では本件債務の特定が十分でないことから、本件債務を念書に明記することを要請した。兵銀ファクターは、右の要請を受け、平成五年五月一〇日、原告に対し、他の債権者との交渉状況などの報告とともに、左記の内容の念書案を送付した<証拠略>。

株式会社兵庫銀行は関連会社である兵銀ファクター株式会社が貴社に対して、平成二年五月三一日付金銭消費貸借契約書に基づく債務があり、金融支援をお願いしております事は十分認識しております。その上で今後弊行は、兵銀ファクター株式会社の経営改善には万全の支援体制で臨む所存であり、貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。

(10) 原告は、(9)の念書案を受け、同案による念書の交付を受けるのと引き替えに、兵銀ファクターの弁済期の変更の依頼に応じることとした。本件念書の交付に至るまでの交渉において、原告の仲谷財務部長と被告兵庫銀行の延命寺副部長との間においては、本件念書が法的にいかなる意味を持つかについての話し合いはされなかった<証拠略>。

被告兵庫銀行は、平成五年五月三一日、(9)に記載の内容で作成された被告兵庫銀行取締役社長名の本件念書及び代表者印の印鑑証明書を原告に交付し、原告は、同日、被告兵庫銀行との間で、前提事実2(二)の内容の弁済期の変更に関する契約を締結した〔甲二の1、2、四八〕。

(二)  本件念書が交付された後の交渉

(1) 兵銀ファクターは、資金繰りが一層困難になったため、平成六年二月及び一一月に、原告に本件債務の弁済期の猶予あるいは金利の軽減を依頼した(以下「第二次金融支援要請」という。)が、原告はこれを拒絶した<証拠略>。

(2) 兵銀ファクターは、平成七年一月三〇日、前提事実4(二)に記載の元本の支払を怠ったため、原告の関根社長と矢吹管理部長が、同年二月八日、兵銀ファクター及び被告兵庫銀行を訪れ、約定に従った返済を求めたところ、被告兵庫銀行の担当者である池田常務取締役は、本件念書は機関決定をして出したものであり、常識上あるいは実質上保証書と同じであるとの趣旨の発言をし、弁済期の猶予及び金利の減免を依頼した<証拠略>。

原告は、右の発言を受け、平成七年二月一四日、被告兵庫銀行に対し、本件念書が実質的に連帯保証であるとの説明を受けたので、兵銀ファクターの約定期日における弁済の懈怠について強硬措置を採ることは当面差し控え、被告兵庫銀行の対応を待つ旨通知した。被告兵庫銀行は、本件念書が保証書としての意味を有するとの原告の主張については反論する必要があると考えたが、弁済期の猶予及び金利の減免に関する交渉が継続中であったため、直ちに反論はしなかった<証拠略>。

(3) 被告兵庫銀行の池田常務取締役は、平成七年三月八日、原告の大阪支店を訪れ、本件債務につき一年間の元本凍結等を依頼したが、その際、原告側が、兵銀ファクター振出の約束手形に被告兵庫銀行が券面保証をすることを求めたのに対し、本件念書は保証と同じであるので、更に券面保証はできないとの趣旨の発言をした。その後被告兵庫銀行は、同月一四日、原告に対し、兵銀ファクターが約定弁済期の手形を振り出すことと引き替えに、現行の返済スケジュールを一五か月延長する旨依頼し、これに対し、原告は、被告兵庫銀行が右手形に券面保証をするか、あるいは、改めて念書を交付するのであれば、返済スケジュールの延長に応じられる旨回答したが、被告兵庫銀行の曽谷雅俊は、券面保証を明確に拒絶するとともに、本件念書は保証書と同じであるので、念書を再度交付することはできないとの趣旨の発言をし、念書の再度の交付を拒絶した(右認定に反する証人曽谷の供述部分は信用できない。)<証拠略>。

原告は、右の被告兵庫銀行の対応を受け、被告兵庫銀行からこれ以上の改善策が出るとは思えないことから、本件債務の弁済期を猶予する方向で検討を始めることとした〔甲五一〕。

(4) 原告は、平成七年五月一二日、被告兵庫銀行に対し、再度、本件念書が本件債務を保証する趣旨であることの確認を求める通知をしたが、被告兵庫銀行の池田常務取締役は、同月一六日付で、原告に対し、本件念書が本件債務を保証するものであることを否定し、本件念書は親会社である被告兵庫銀行が兵銀ファクターの経営を指導して本件債務の返済を確実に行わせることを約するものにすぎない旨返答した<証拠略>。

右の池田常務取締役からの通知を受け、原告は、平成七年六月一日付で、池田常務取締役に対し、本件債務について、兵銀ファクター又は被告兵庫銀行が円満に履行すると理解しているとの趣旨の通知をしたが、池田常務取締役は、同月一六日付で、原告に対し、本件消費貸借契約の当事者は兵銀ファクターであり、被告兵庫銀行は兵銀ファクターを指導して債務の履行を行わしめる立場にあるだけである旨返答をした<証拠略>。

(5) 原告は、本件債務の弁済期の猶予の前提となっていた七五〇〇万円の支払が、平成七年六月三〇日に兵銀ファクターによりされたことから、同年七月一四日、兵銀ファクターとの間で、契約日付を同年二月一日に遡らせて、第二回債務承認弁済契約書を取り交わした。

(6) 兵銀ファクターは、平成七年九月三〇日に約定の弁済をしなかったため、同日の経過により期限の利益を喪失した(前提事実4(二)(3))。

3  保証についての判断

(一) 本件念書が交付されるまでの経緯は、2(一)のとおりであって、平成四年一〇月から行われた第一次金融支援要請の中で、兵銀ファクターは、被告兵庫銀行が本件債務を保証することはできない旨を明確に原告に告げており、被告兵庫銀行も、兵銀ファクターを通じて原告と本件念書の作成交渉をした際、被告兵庫銀行に法律的な責任が生じない文面となるよう検討して文案を作成している。他方、兵銀ファクターが示した最初の念書案(甲四一)に対して原告が作成した修正案(甲四二の2)において、被告兵庫銀行の義務に関する文言と目されるものは、「当社が(株)--に対し援助を講ずることにより(株)--が貴社に対し、ご迷惑をおかけしないよう十分配慮する」というものであり、被告兵庫銀行のなすべきことは、兵銀ファクターに対し援助を講ずることであって、原告に対する直接の支払とはされていない。しかも、右の「援助を講ずることにより」との文言も、被告兵庫銀行からの要請により更に修正され、結局、本件念書においては、被告兵庫銀行の義務と目される文言は、「兵銀ファクター株式会社の経営改善には万全の支援体制で臨む所存であり、貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する」というにとどまっているのである。

右の諸点に、本件念書の作成過程において、原告と被告兵庫銀行ないし兵銀ファクターとの間で、作成される念書の法的性質については全く検討も議論もされなかったことを併せ考慮すると、本件念書の文言のみならず、その作成過程を斟酌してもなお、被告兵庫銀行が本件念書により兵銀ファクターの本件債務を保証したものと認めることはできない。

(二) 原告は、被告兵庫銀行は、他の債権者との関係で保証債務を貸借対照表に記載したくなかった、あるいは、兵銀ファクターからの保証料を徴収することを避ける必要があったために本件念書を曖昧な文言で作成したとの趣旨の主張をし、証人仲谷勝は右と同趣旨の供述をするが、右供述は、同人の推認の域を超えるものでなく、兵銀ファクターが被告兵庫銀行による本件債務の連帯保証を当初から拒否したとの前記2(一)認定の事実に鑑みれば、たやすく採用できず、他に原告の主張する事実を認めるに足りる証拠はない。

また、<証拠略>によれば、本件念書が原告に交付された当時、金融機関の間では、いわゆる母体行責任が常識とされており、母体行である親会社が関連会社の債務につき念書を交付した多くの事例において、親会社が何らかの措置をとって関連会社の債務の弁済を確実に行わせていたことが認められるが、他方、右各証拠によれば、念書を交付した親会社が関連会社の債務を直接弁済した事例はないことが認められるのであって、右事実に照らせば、当時、金融業界において、いわゆる母体行によって交付されていたという念書が関連会社の債務を保証する趣旨で交付されていたものとまで認めることはできない。

(三) もっとも、被告兵庫銀行の担当者(池田昊及び曽谷雅俊)は、平成七年二月から三月ころにかけて、数回にわたり、原告に、本件念書は常識上あるいは実質上保証と同様であるとの趣旨の発言をして本件債務の弁済期の変更あるいは金利の軽減を依頼しているが、既に説示のとおり、被告兵庫銀行や兵銀ファクターは、右の各発言以外には一貫して被告兵庫銀行の本件債務の保証の意思や本件念書が本件債務を保証した趣旨であることを否定していたこと(2(一)及び(二)参照)、前記の各発言は、本件念書作成当時にされたものではなく、その約二年後に、兵銀ファクターが本件債務の約定弁済ができない状況となり、被告兵庫銀行が本件債務の弁済期の猶予等を交渉する過程においてされたものであること(2(二)(2)及び(3)参照)、前記の各発言がされた後に、前記発言をした担当者の一人である池田常務取締役自身が、書面により、前記各発言の趣旨は、被告兵庫銀行が兵銀ファクターの経営改善を指導することにより本件債務の弁済を確実にさせる点にあったとの通知をしていること(2(二)(4)参照)などの諸点に鑑みれば、前記の各発言は、本件債務の弁済期の猶予等を交渉する過程において、原告の態度を軟化させ、被告兵庫銀行に対する手形の券面保証等の要求を避けるためにされたものであり、本件念書により被告兵庫銀行が法的な保証をしたことを認める趣旨でされたものでないことは容易に推認できる(前記各発言の後、原告が本件念書の趣旨を確認した際に、被告兵庫銀行が本件念書の趣旨が保証の趣旨であることを直ちに否定しなかった(2(二)(2)参照)ことも同じ趣旨に理解できる。)。

したがって、前記の各発言を根拠に、被告兵庫銀行が本件念書が本件債務を保証するものであると認識していたと認めることはできない。もっとも、これらの被告兵庫銀行の対応が、本件債務の弁済期の猶予等を依頼する側の対応として誠実さを欠くものであることは否定できないが、そのことと、既にその約二年前に作成されていた本件念書の趣旨の解釈とは別の問題である。

(四) 以上のとおりであり、被告兵庫銀行が本件念書を作成し原告に交付したことをもって、被告兵庫銀行が兵銀ファクターの本件債務を保証したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  「損害担保義務」についての判断

(一) 原告は、被告兵庫銀行は、本件念書によって、兵銀ファクターに資金を融資する等の方法により、本件債務の弁済を確実にさせる義務を負ったと主張する。

(二) 確かに、本件念書には、「貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。」との文言があり(前提事実3)、本件念書が交付された当時は、いわゆる母体行責任が当然のことと理解されており、親会社が関連会社に債務につき債権者に念書を交付した多くの事例においては、親会社が関連会社に資金援助をする等の方法によりその債務を履行させていたこと(3(一)参照)などに鑑みれば、被告兵庫銀行は、本件念書によって、原告に対し、兵銀ファクターに資金を融資することにより、本件債務の弁済を確実にさせる義務を負ったと解することができるかにも見える。

しかし、本件念書の文言は、前提事実3のとおりの文言であって、右文言から被告兵庫銀行が負う法的責任を一義的に導くことは到底できないばかりか、前記2(一)のとおり、本件念書案の作成に当たっては、被告兵庫銀行は、原告からの「(株)-が貴社に対して負担する 年 月 日付金銭消費貸借契約書に基づく債務の履行が困難と認められるに至った場合は、当社が(株)-に対し援助を講ずることにより(株)-が貴社に対し、ご迷惑をおかけしないよう」との念書案では、被告兵庫銀行が兵銀ファクターに資金援助をする法的義務を負うと解する余地が生ずるとの理由から、その修正を求め、その結果、前提事実3の文言で念書が作成された(一の2(一)(5)ないし(9)参照)のであるから、被告兵庫銀行が、原告の主張するような法的義務を負担するとの意思で、本件念書を交付したと解することはできず、本件念書は、被告兵庫銀行が兵銀ファクターの経営改善及び本件債務の弁済に関し、責任をもって指導監督を行うことについての意思を表明したものにすぎないと解される。

したがって、原告の主張は理由がない。

5  以上のとおり、被告兵庫銀行が本件念書により原告主張のような法的義務を負ったものと認めることはできないが、本件において、原告が二度にわたり本件債務の弁済期を猶予したのは、本件念書があれば、被告兵庫銀行が最終的に本件債務の履行には迷惑をかけない措置を採るであろうと原告が期待した故であったことは容易に推認できるところである(もっとも、前記の本件念書の作成過程や、原告は、平成七年二月八日の池田常務取締役の発言以後は、被告兵庫銀行に対し、本件念書は本件債務を連帯保証したものであるとの趣旨の通知を数回しているものの(2(二)(2)及び(4)参照)、右発言がされる以前は、本件念書に関しては、「(株)兵庫銀行殿が責任を以て処理し弊社に迷惑をかけないとの御確約を頂戴したこともあり」などとするのみで(平成六年三月七日付被告兵庫銀行宛通知参照)、本件念書は本件債務を保証するものであるとの認識を表明した形跡はないこと等に照らすと、前提事実4(一)の弁済期の猶予が行われた当時、原告は本件念書が本件債務を法律的に保証するものではないと考えていたとも推認でき、また前提事実4(二)の弁済期の猶予も、被告兵庫銀行が本件債務を保証していない旨明言したあとに行われているのだから、原告が、被告兵庫銀行による保証と引き替えに弁済期の猶予に応じたとまではいえない。)。

しかし、本件においては、本件念書作成後に被告兵庫銀行自体の経営が破綻し、被告兵庫銀行は、その営業を被告みどり銀行に譲渡の上、解散したのであるが、既に認定の諸事情を総合すると、仮に被告兵庫銀行が右のような事態に至らなかった場合には、被告兵庫銀行は、原告に本件念書を交付した以上、兵銀ファクターのいわゆる母体行たる金融機関としての信用を維持するため、兵銀ファクターの原告に対する本件債務の履行が可能となるよう、弁済資金の融資等、できる限りの措置を採ったものと推認できるのであって、その意味で、本件念書の法的効力を論ずる必要もなかったものと考えられる。そして、原告が本件念書に期待したのも、右のような取引信用上ないし道義上の効力であり、本件念書の作成時においては、それなりの合理的判断であったというべきである。

ところが、被告兵庫銀行の経営破綻により、右のような信用上、道義上の責任を果たすことが困難となり、本件念書の法的な効力が問題となることとなったのであるが、既に説示のとおり、この点については消極に解さざるを得ないというのが当裁判所の結論である。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 城内和昭 裁判官 本多幸嗣)

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